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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6012号 判決 1975年1月31日

原告

宮内益保

ほか三名

被告

荏原興業株式会社

ほか一名

主文

一  被告荏原興業株式会社は原告宮内益保に対し金五三万六九四〇円及び内金三八万六九四〇円に対する昭和四五年七月三一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告荏原興業株式会社は原告宮内佳重、原告宮内伸剛、原告宮内宏幸に対しそれぞれ金二五万七九六〇円宛及び各金員に対する昭和四五年七月三一日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告荏原興業株式会社に対するその余の請求及び被告富士火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告らと被告荏原興業株式会社との間に生じたものは被告荏原興業株式会社の負担とし、原告らと被告富士火災海上保険株式会社との間に生じたものは原告らの負担とする。

五  この判決は第一、二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告らは各自、原告宮内益保(以下原告益保という。)に対し八〇万七一〇二円及び内金五五万七一〇二円に対する昭和四五年七月三一日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告宮内佳重(以下、原告佳重という。)、原告宮内伸剛(以下原告伸剛という。)、原告宮内宏幸(以下原告宏幸という。)に対しそれぞれ三七万一四〇一円宛及び各金員に対する昭和四五年七月三一日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  第一項につき仮執行宣言。

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  事故の発生

宮内ナヲ子は次の交通事故によつて傷害を受けた。

1 日時 昭和四五年七月三一日午前〇時一五分頃

2 場所 埼玉県与野市中里二〇番地先路上

3 被告車 普通乗用自動車(品川を一九―六七)

運転者 邨松一夫

4 訴外車 普通乗用自動車(足立を七八―四〇)(タクシー)

運転者 山岸政康

乗客 宮内ナヲ子、白井栄子

5 態様 被告車が訴外車に追突した。

6 傷害の部位、程度

頸椎挫傷、第二、第三腰椎々体圧迫骨折、頭痛、頸部痛、めまい、嘔吐、右肩痛、腰痛等

7 治療経過

宮内ナヲ子は入院をすすめられたが、家庭には夫と幼少の子供二人をかかえ手を離せないので、昭和四五年七月三一日から昭和四六年五月四日まで友愛病院で通院治療(実日数一九一日)を受けた。

ところが宮内ナヲ子の前記症状はいつこうに好転しないままであつたが、昭和四六年五月六日、他の疾病を併発して入院し同年七年五日死亡するに至つた。原告らは本訴において、昭和四六年五月四日までの傷害による損害を本件事故に因る損害として主張しているものであるが、右時点での宮内ナヲ子の症状から見て少なくとも自賠法施行令別表に定める一二級程度の後遺症が残存することは確実な程度の傷害と症状であつたのであるから、慰藉料の算定に当つては、右傷害と症状の程度を充分斟酌すべきである。

二  責任原因

(一) 被告荏原興業株式会社(以下被告荏原という。)は被告車を所有し、自己のため運行の用に供しているものであるから、自賠法三条に基づき、宮内ナヲ子の右傷害による損害を賠償すべき義務を負うものである。

原告益保は、宮内ナヲ子の夫であつた者であり、その余の原告らは宮内ナヲ子の子であり、法定相続分により、宮内ナヲ子の右損害賠償請求権を相続したものである。

(二) 被告富士火災海上保険株式会社(以下、被告富士という。)は、被告荏原との間で、被告車につき、被保険者を被告荏原とし、本件事故時をも保険期間とする自動車対人賠償責任保険契約(以下、任意保険という。)を締結したものであるから、被告荏原に対し、被告荏原が原告らに対し右損害賠償債務を負担することによつて受ける損害を填補する責任がある。原告らは、右損害賠償請求権に基づき被告荏原の被告富士に対する保険金請求権を民法四二三条により代位行使するものである。

三  損害

(一) 休業損害

宮内ナヲ子は、本件事故当時、有限会社幸寿司に勤務していたものであるが、昭和四五年七月三一日から昭和四六年五月四日までの間欠勤を余儀なくされ、右期間の給与に相当する一二七万二四〇六円の損害を蒙つた。

(二) 慰藉料

宮内ナヲ子が本件事故による傷害のため蒙つた精神的苦痛は九〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

原告らは本訴の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、原告益保は着手金及び費用として一〇万円を支払い、訴訟終了後報酬として一五万円を支払う旨約して損害を蒙つた。

四  損害の填補

宮内ナヲ子は、被告荏原から、右損害のうち五〇万一一〇〇円の支払を受けた他、治療費の支払を受けた。

五  結び

原告らは右損害のうち休業損害と慰藉料との合計額二一七万二四〇六円から填補額五〇万一一〇〇円を控除した一六七万一三〇六円の損害賠償請求権を法定相続分の割合で相続し(尚慰藉料については固有の慰藉料としても主張する。)、このほかに原告益保は弁護士費用二五万円の損害を蒙つたものである。

よつて請求の趣旨記載の各金員及び事故の日の昭和四五年七月三一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの答弁)

一  請求の原因一ないし5の各事実は認める。同6の事実は不知。同7の事実中、宮内ナヲ子は本件事故後入院をすすめられたがことわり友愛病院に通院して治療を受けた事実及び昭和四六年五月六日他の病気のため入院し、同年七月五日死亡した事実は認める、その余の事実は不知。

二(一)  請求の原因二(一)の事実中、被告荏原が被告車の運行供用者である事実は認める、相続に関する事実は不知。

(二)  同二(二)の事実中、被告ら間に原告ら主張の任意保険契約が締結されている事実は認める。

三  請求の原因三(一)(三)の各事実は不知、同(二)の事実は否認する。慰藉料請求権は相続されることはない。

(弁済の抗弁)

一  被告荏原は、本件損害の填補として、営業部長土井啓正及び渉外課長中橋武史をして、宮内ナヲ子に対し、次のとおり合計一〇一万一一〇〇円を支払つた。

(1) 昭和四五年九月五日 五万円

乙第一号証の一(同日付領収書、以下「領」と略す。)、乙第三号証(同年八月二七日付禀議書、以下「禀」と略す。)、乙第二号証の一(同年八月三一日付仮払金帳簿、以下「帳」と略す。)。

(2) 右同日 一〇万円

乙第一号証の六(同日付「領」)、「帳」記載なし。

(3) 同年九月二四日 一〇万円

乙第一号証の七(同日付「領」)、「帳」記載なし。

(4) 同年一〇月五日 一五万一一〇〇円

乙第一号証の二(同日付「領」)、乙第四号証(同年九月二四日付「「禀」)、乙第二号証の二(同年一〇月二日付「帳」)

(5) 同年一〇月三〇日 二〇万円

乙第一号証の三(同日付「領」)、乙第五号証(同日付「禀」)、乙第二号証の二(同年一二月三日付「帳」)

(6) 同年一二月二日 二一万円

乙第一号証の四(同日付「領」)、乙第六号証(昭和四六年七月一五日付「禀」)、乙第二号証の四(昭和四六年九月二日付「帳」)

(7) 昭和四六年二月一〇日 二〇万円

乙第一号証の五(同日付「領」)、乙第七号証(同年一月二五日付「禀」)、乙第二号証の三(同年二月一〇日付「帳」)尚、右乙第一号証の一ないし七(「領」)は、文面及び書面を前記土井啓正及び中橋啓史が宮内ナヲ子の依頼により代筆し、同人が持参した印鑑を押捺したものである。

(弁済の抗弁に対する答弁)

一  宮内ナヲ子が本件損害賠償の一部として、右抗弁(1)昭和四五年九月五日、五万円、同(4)同年一〇月五日、一五万一一〇〇円の支払を受けた事実は認め、同(2)(3)(5)(6)(7)の各支払を受けた事実は否認する。

宮内ナヲ子が本件損害賠償の一部として支払を受けた金額は右(1)(4)を含め、次のとおり合計五〇万一一〇〇円のみである。

1 昭和四五年九月五日 五万円(乙第一号証の一、甲第五号証の一、右抗弁(1))

2 同年一〇月五日 一五万一一〇〇円(乙第一号証の二、甲第五号証の二、甲第八号証の二、三、右抗弁(4))

3 同年一二月五日 二〇万円(甲第五号証の四、甲第一六号証の一、二、三)

4 昭和四六年二月一〇日 一〇万円(甲第五号証の六)

二  被告らの援用の領収証(乙第一号証の一ないし七)のうち、乙第一号証の一、二のみが宮内家に存在した印鑑(甲第一四号証2)を押捺してあるものであり、乙第一号証の三ないし七は宮内ナヲ子及び原告らの全く関知しないものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求の原因一1ないし5の各事実は当事者間に争いがない。右争いのない事実と、〔証拠略〕によると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。宮内ナヲ子は本件事故によつて頸椎挫傷、第二、第三腰椎々体圧迫骨折の傷害を受け、友愛病院で治療を受け、入院を勧められたが幼少の子供をかかえていることからやむを得ず通院治療を受けることとなり、昭和四五年七月三一日から昭和四六年五月四日まで同院で通院治療(実日数一九一日)を受けた。宮内ナヲ子の症状は好転しないまま、右治療をいつたん中止し、同年五月六日から胃がん治療のため同院にて入院治療を受けたが同年七月五日死亡するに至つた(右通院治療にとどめた理由と経過及び死亡に至る経過については当事者間に争いがない。)。昭和四五年七月三一日から昭和四六年五月四日までの通院治療期間中、宮内ナヲ子は頭痛、頸部痛、眩暈、嘔吐、右肩痛、腰痛等を訴えた。同院でのエツクス線撮影によると頸椎に異常は認められなかつたが、第二、第三腰椎々体に圧迫骨折が認められた。湿布、カラー固定、消災鎮痛剤の投与、注射等により腰部痛は比較的早期に軽減した。頭痛と右肩の緊張感は長期に持続し、右療法の他、牽引、超短波等の理学的療法も追加されたが、症状は一進一退で好転しないまま、前記のとおり、右治療をいつたん中止し入院するに至つた。同院医師は、宮内ナヲ子の直接の死因は胃がんによる幽門狭窄に起因する全身衰弱にあるとし、右幽門狭窄自体は昭和四六年七月五日の死亡の日から約四カ月位前の同年三月初め頃に発病している旨診断している。

二  責任原因

(一)  被告荏原が被告車の運行供用者である事実は当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によると原告ら主張の相続に関する事実が認められ、これに反する証拠はない。

してみると被告荏原は宮内ナヲ子に対し本件事故に起因する前記傷害による損害を賠償すべき義務を負担し、原告らは法定相続分に従い、右損害賠償請求権を相続したものである。

(二)  被告ら間に原告ら主張の任意保険契約が締結されている事実は当事者間に争いがない。原告らは前記損害賠償請求権に基づき、民法四二三条により、被告荏原が被告富士に対して有する保険金請求権を代位行使する旨主張するものであるが、交通事故による損害賠償請求権も金銭債権である点においては、取引上の債権と異なるところはなく、債権者代位権を適法に行使し得るためには、債務者が債務の弁済をするに足りる資力を有しないこと、つまり、いわゆる無資力であることを要するものと解すべきところ(最判昭和四九年一一月二九日判例集未登載)、本件全証拠によるも債務者たる被告荏原が無資力である旨の証拠はない。

してみるとその余の点について判断を加えるまでもなく、原告らの被告富士に対する請求は理由がない。

以下被告荏原との関係で判断を進める。

三  損害

(一)  休業損害

〔証拠略〕によると、宮内ナヲ子(昭和一一年二月二四日生)は本件事故当時、主婦としての一般的労働に従事していた他、有限会社幸寿司に勤務し、平均月収一三万七三一三円(平均日収四五七七円)を得ていたところ、本件事故を契機として昭和四五年七月三一日から昭和四六年七月五日の死亡に至るまで右会社を欠勤するに至つた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告らは、右休業期間につき、前判示治療経過からして前判示傷害の治療が中止されるに至つた昭和四六年五月四日までの期間を本件事故と相当因果関係を有する休業期間である旨主張しているものである。宮内ナヲ子には前判示のとおり胃がんの疾病が存在していたものであつて、右疾病は、確たる発症を見る前段階においても労働能力の程度に影響を及ぼすことのあり得ることは容易に推認し得るところである。ただ頭痛、肩の緊張感、吐気、これに起因する全身疲労感は頸椎挫傷の傷害によつても発症し得ることも明らかであるから、原告ら主婦の右休業期間中の労働能力の喪失には、頸椎挫傷に起因するものの他胃がんに起因するものとか渾然一体となつている可能性を否定し得ない。しかし右胃がんの発病経過について格段の立証のない本件においては、前判示宮内ナヲ子の傷害の部位程度、治療経過、年令、職業等をも勘案し、友愛病院医師が幽門狭窄の発病時期と判断した昭和四六年三月初め頃までの約八カ月間を本件事故に起因する休業期間とするのが相当である。ただ、原告ら主張の昭和四六年五月四日までは右に見たとおり、頸椎挫傷に起因する症状の治療が行われたことが明らかであるから、慰藉料の算定に当つては右治療経過も斟酌するのが相当である。

よつて宮内ナヲ子の休業損害は一カ月当り一三万七三一三円として、本件事故時から八カ月間とし、単利で年五分の割合による中間利息を控除すると右休業損害の本件事故時の現価は一〇六万一九二三円(円未満切捨)となる。

(二)  慰藉料

前判示傷害の部位、程度(原告らの後遺症に関する主張はいわゆる後遺症による慰藉料を主張しているものではなく、傷害による慰藉料の算定の事情として、傷害の程度に関する主張である。)、治療経過その他本件口頭弁論に顕われた宮内ナヲ子の傷害に起因する慰藉料の算定に関する諸般の事情によると慰藉料としては六〇万円が相当である。

四  損害の填補

(一)  宮内ナヲ子が右損害の填補として弁済の抗弁(1)の五万円(乙第一号証の一)及び同(4)の一五万一一〇〇円(乙第一号証の二)を受領した事実は当事者間に争いがない。

そして原告らは、宮内ナヲ子は被告荏原から損害の填補として、右の他さらに、昭和四五年一二月五日二〇万円(弁済の抗弁に対する答弁の項3)及び昭和四六年二月一〇日一〇万円(同4)を受領した旨自陳している。

原告らの自陳する右填補受領額の合計は五〇万一一〇〇円となる。

(二)  被告荏原は、右争いのない弁済の抗弁(1)の五万円(乙第一号証の一)及び同(4)の一五万一一〇〇円(乙第一号証の二)の他、宮内ナヲ子に対し、さらに同(2)の一〇万円(乙第一号証の六)、同(3)の一〇万円(乙第一号証の七)、同(5)の二〇万円(乙第一号証の三)、同(6)の二一万円(乙第一号証の四)及び同(7)の二〇万円(乙第一号証の五)、総合計一〇一万一一〇〇円を弁済した、右乙第一号証の三ないし七の各領収書は、原告らの肯認する乙第一号証の一、二と同じように宮内ナヲ子が持参した印鑑を押捺して作成されたものである旨主張し、証人土井啓正も右主張に副う供述をしている。しかし原告らは右第一号証の一、二は宮内ナヲ子の印鑑を押捺したものであることを肯認するものの、右乙第一号証の三ないし七には全く関知していない旨抗争するので、右乙第一号証の三ないし七の作成の経過について検討する。

1  〔証拠略〕によると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。被告荏原は一般乗用旅客自動車運送事業等を営む会社であるが、交通事故に関連して金銭の出入がある場合には、仮払金帳簿に記入し、各交通事故毎に事故経過明細書にも記入する事務手続を採用している。そして右各書類には被害者の氏名によるよりもむしろ加害運転者の氏名を記載し、当該運転者の起した交通事故に関する金銭の出入であることを明確にして、当該交通事故の特定を図つている。また当該交通事故に関し、被害者に対して休業損害等の金銭を支払つたり、医療機関に対して直接治療費を支払つたりする場合には、原則として、営業課において禀議書を作成して会社幹部の決裁を得、経理課において前記仮払金帳簿に当該交通事故の当該運転者の氏名と出金額を記入した上、被害者や医療機関から領収書を徴して金銭を交付する仕組みになつている。しかし被告荏原は一般乗用旅客自動車運送事業という業務の性質上、交通事故に関連して、いわゆる求償債権債務による金銭の出入を含め、金銭の出入が頻発するところから、内部的な事務処理の便宜や被害者ないし医療機関への早期の金銭の支払を図るために、他の交通事故による求償債権により支払を受けたもの等を帳簿上入金扱いすることを一時保留し、係員が名刺の裏に借用の記載をしてこの関係を明らかにした上、禀議書の作成決裁を事後に留保し、したがつて仮払金帳簿への記入のないまま、右求償債権による被告荏原の受領分を、被害者や医療機関に対する支払にふりむけ、後日当該被害者に関する自賠責保険金や任意保険金を受領した時に、改めて禀議書を作成し仮払金帳簿に記入して正式の支払があつたこととし、且つ被害者や医療機関に対する支払にふりむけて入金扱いとしていなかつた他の交通事故による求償債権等の入金があつたこととして帳簿上の処理をすることもある。

右認定に係る被告荏原における交通事故に関連する金銭の出入に関する仕組に照らすと次のとおり判断できる。本件事故の加害運転者邨松名義を使用特定して作成されている禀議書、仮払金帳簿及び事故経過明細書には、本件事故に関する金銭の出入としての意味において、宮内ナヲ子に対して支払われたものの他白井栄子に対して支払われたものも含まれている。従つて禀議書、仮払金帳簿及び事故経過明細書に記載のあるものがすべて被告らの主張するように宮内ナヲ子に対して支払われたものと速断することはできない(このことは前判示乙第三号証ないし第七号証の中に、「代理人と交渉して」とか、「他一名」とか、「乗客二名」とかの記載があることからも窺うことができる。)。また、被害者や医療機関から徴した領収書は存在するが、禀議書、仮払金帳簿及び事故経過明細書に記載がないものがあつても、他の交通事故による求償債権による受領金等から被害者や医療機関に対して支払われ、いまだ本件訴訟が係属中で責任関係が未確定であるために任意保険による填補が行われていない結果、後日の事後的処理としての禀議書の作成決裁及び仮払金帳簿への記載が行われていないことによるものである。さらに後日の事後的処理としての各文書への記載は、被告荏原の内部的な事務手続にすぎないから領収書による支払の歴史的順序にしたがつて記載される必要はない。手続的に明確になつていれば目的を達するものである。そして以上の認定判断を総合すると、被告荏原から休業損害等の金銭の支払を受ける相手方としては、内部的な事務処理上の表示として、被害者たる宮内ナヲ子及び白井栄子の両名を総称して、単に「宮内ナヲ子」と表示することもあり得ることが容易に推認できる。

2  右認定判断事実と〔証拠略〕によると被告荏原の本件交通事故に関する金銭の支払は、医療機関に対する支払と被害者に対する支払とは別扱いとなつており、被告荏原は本件交通事故による被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子とに対し合計一〇六万一一〇〇円を支払つた旨、事故経過明細書(乙第一三号証)に記載している(右乙第一三号証には相手方として宮内ナヲ子のみ記載があるが、前判示認定判断のとおり、宮内ナヲ子及び白井栄子の総称としての「宮内ナヲ子」を意味するものと理解できる。)事実が認められる。そして〔証拠略〕によると、既に禀議書の作成決裁と仮払金帳簿への記載を経た被害者に対する支払額の合計は八六万一一〇〇円であり、〔証拠略〕を対比することによつて、いまだ禀議書の作成決裁と仮払金帳簿への記載を経ていないことが明白な乙第一号証の六の領収書一〇万円と乙第一号証の七の領収書一〇万円の合計二〇万円を右八六万一一〇〇円と合算すると一〇六万一一〇〇円となり、結局前判示事故経過明細書(乙第一三号証)の被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子に対する支払額一〇六万一一〇〇円と合致することとなる。

〔証拠略〕によると宮内ナヲ子は合計六三万六三八〇円(乙第八号証と乙第一二号証の合計額)の治療費を要し、被告荏原は医療機関に対し右治療費を支払つたが、内金三九万七六〇〇円(乙第一〇号証)のみが禀議書の作成決裁と仮払金帳簿への記載を経たものであり、残金二三万八七八〇円(乙第九号証、乙第一二号証の各治療費に友愛病院での初診時の治療費六一五〇円を合算した金額)は、いまだ禀議書の作成決裁と仮払金帳簿への記載を経ていないものである事実及び白井栄子は合計三四万一三九四円(甲第六号証の三、第一八号証の各治療費と昭和四六年一月以降の治療費と推認できる一四万八五九〇円の合計額)の治療費を要し、被告荏原は医療機関に対し右治療費を支払つたが、いまだ禀議書の作成決裁と仮払金帳簿への記載を経ていない事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によると被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子の要した治療費が乙第一号証の一ないし七の領収書に含まれているとは到底認められない。

〔証拠略〕によると、白井栄子は昭和四六年一二月一〇日代理人を通じ被告荏原との間で本件交通事故に関し、被告荏原は白井栄子に対し示談金五八万六〇〇〇円及び医療機関に対して医療費全額(前判示事実によると三四万一三九四円であると認められる。)合計九二万七三九四円を支払う旨の示談をし、被告荏原は白井栄子の代理人に対して結局合算して五八万六〇〇〇円を支払つた事実、右五八万六〇〇〇円の支払は右示談書の作成と同時に行われたものではなく、その以前に順次、数回にわけて支払われてきた金額をも勘案し、合算した上、結局五八万六〇〇〇円を支払う旨の示談書の作成となつた事実、白井栄子は右示談書の作成、金銭の受領等については自らこれに当らず、代理人を通じて被告会社と接触してきた(但し甲第六号証の四の一〇万円は自ら小切手で受領した。右一〇万円は示談書による五八万六〇〇〇円に含まれている。)ものであり、白井栄子の代理人は白井栄子所有の印鑑によることなく、いわゆる三文判を買いもとめて示談書(甲第六号証の一)及び領収書(甲第六号証の二)を作成した事実が認められる。証人白井栄子は合計三八万円しか受領していない旨供述しているが、右示談成立に至る経過と右証言によると、これは、白井栄子と同人の代理人との内部関係に原因があるものと推認できるので、認定を左右しない。

5  ところで原告らは、宮内ナヲ子は被告会社から合計五〇万一一〇〇円を受領した旨自陳している。そして右五〇万一一〇〇円と右認定の白井栄子に対して支払われた五八万六〇〇〇円とを合算すると一〇八万七一〇〇円となり、これは先に見た事故経過明細書(乙第一三号証)による被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子とに対する支払額一〇六万一一〇〇円(右一〇六万一一〇〇円は乙第三号証ないし第七号証の禀議書の合計と乙第一号証の六、七の領収書の合計額とも合致し、乙第二号証の一ないし四の仮払金帳簿の合計と乙第一号証の六、七の領収書の合計額とも合致した。)と近似するものである。

〔証拠略〕によると、乙第一号証の一の作成経過と関連し、証拠として提出されていない。昭和四五年九月五日頃付の五万円の領収書がもう一通存在したものと推認できる。そして乙第一号証の一ないし七の領収書と証拠として提出のない右五万円の領収書の合計額も一〇六万一一〇〇円となる。

右の検討の結果に照らすと被告会社からは被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子に対し合計一〇六万一一〇〇円位が支払われ、内金五〇万一一〇〇円が宮内ナヲ子に対して支払われ、残金が白井栄子に対して支払われた公算が強い。原告らは、宮内ナヲ子は五〇万一一〇〇円しか受取つていない旨主張し、原告益保も本人尋問において右主張に副う供述をし、右供述によつて成立を認め得る甲第五号証の一ないし六を援用するものである。そして右甲五号証の一ないし六は、右記載の期間、方法、内容に照らすと、長期に亘り作為の余地のない克明な記載をしているものである他、右供述によつて成立を認め得る甲第八号証の二、三(渋谷信用金庫の普通預金通帳)、甲第一六号証の一ないし三(小切手に関するもの)によつて認められる被告荏原からの受領分のその後の経過等に関する客観的事実とも符合し、信用性の高いものである。右反証に照らすと、前記乙第一号証の一ないし七の領収書と証拠として提出のない五万円の領収書との合算額一〇六万一一〇〇円には、前判示のとおり、白井栄子に対して支払われた分も混入している公算を拭い難い。乙第一号証の三ないし七の宮内ナヲ子名義の領収書は被告荏原の内部的事務処理の便宜のため被害者たる宮内ナヲ子と白井栄子を総称する意味での「宮内ナヲ子」名義が使用されている疑いがある。

6  以上種々の観点から、乙第一号証の三ないし七の作成経過に関し検討してきたが、乙第一号証の三ないし七は被告らの主張する宮内ナヲ子に対する弁済の事実に副う証拠としては真正に成立したものと認めることはできないし、証人土井啓正の右主張に副う供述部分も採用し得ず、他に被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  してみると宮内ナヲ子に対する損害填補額は原告らの自陳する五〇万一一〇〇円にとどまることとなる。

(四)  この結果前記三(一)(二)の合計額一六六万一九二三円から右填補額五〇万一一〇〇円を控除した残額一一六万〇八二三円の近似値一一六万〇八二〇円が宮内ナヲ子の被告荏原に対する未填補の損害額と評価するのが相当である。原告らは法定相続分により、原告益保は三八万六九四〇円の、その余の原告らは各二五万七九六〇円宛の被告荏原に対する各損害賠償請求権を相続したものである。

五  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告らは本訴の訴訟追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、原告益保は同人に対して着手金及び費用を支払い、訴訟終了後に報酬を支払う約束をして損害を蒙つた事実が認められる。そして本件事案の審理の経過、難易度、認容額その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情に照らすと本件事故と相当因果関係があるものとして被告会社に対して支払を命ずべき弁護士費用は一五万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第であるから原告らの本訴請求は、被告荏原に対して、原告益保が五三万六九四〇円及び弁護士費用を除く内金三八万六九四〇円に対する事故の日の昭和四五年七月三一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求及びその余の原告らがそれぞれ二五万七九六〇円宛及びこれに対する右同日以降完済まで右年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求の限度で理由があるので認容し、原告らの被告荏原に対するその余の請求及び被告富士に対する請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮良允通)

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